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漢長安城 と洛陽城関連地図
首页 > 資治通鑑 (しじつがん) 作者:德田 2019年1月14日 浏览:465 文字サイズ: 评论:暂无评论

漢長安城 と洛陽城関連地図

ChangAn Cheng Map and LuoYang Map of Han Dynasty


『長安城内と城門、未央宮内の宮殿群、禁中、後宮建築物群などの地図』

《注》下記文中の(××年第×節註×)は拙訳『德田本全訳資治通鑑』および電子版徳田本全訳資治通鑑の文中に付けた註です。(×は漢数字)。
官名の漢字は旧字体、日本語説明文の漢字は新字体で表記します。暫定表記です。逐次追加します。誤記その他、ご意見あればメールにてご教示ください。2015/09/01

( )は説明。  【 】は漢字の読み。 『 』は参考書名。

参照:下記示意図と写真は、『漢長安未央宮1980-1989年考古発掘報告』上下巻(中国社会科学院考古研究所編著、中国田野考古報告集、中国大百科全書出版社、1996年刊)に依る。

地図をクリックすると拡大図が出ます。

長安城全体図

長安城全体図

北側の洛城門を杜門とも。上図左下の未央宮部分を下記に拡大 ↓

長安城未央宮平面図

長安城未央宮平面図

未央宮平面図
斜線四角部分は現代農村集落。
1.前殿。大きな朝会を催す。北側の宣室は未央宮前殿の正室で、皇帝の日常起居する所。執務も。文帝が賈誼を召し出して深夜まで談論したこともある。禁中は、未央宮前殿北側の宣室。さらに北側の後宮を含むときもある。どこであろうと皇帝が居る場所が禁中である。よって長安城を出御して、移動中の時も、旗などを立てて、皇帝座乗の周囲が禁中であることを示す。禁中の禁は出入りをチェックする意味。中は内側中央、つまり皇帝。
たとえば、資治通鑑・哀帝元寿二年(前1)第9節に、「哀帝が崩御し、9歳の平帝が即位した。孔光は平帝の太傅【たいふ】、行内署門戸となった」とある。
行内署門戸とは、その職務は禁中官署門戸の管理であるが、胡三省【こさんせい】は師古注を引いて「行内とは行在所【あんざいしょ】(皇帝が巡行時に休息する場所)の内中、いわゆる禁中」とある。つまり皇居外の皇帝が居る場所あるいは車列も禁中であることを示している。

2.椒房殿【しょうぼう】。下記に明細。示意図の前殿と椒房殿との間が離れすぎている。中間に清涼殿、宣室殿(皇帝執務室、居室)、温室殿があるか。

 椒房殿(掖庭、十四殿も)
清涼殿 宣室殿 温室殿
前殿

3.中央官署

4.少府。山海地沢の税を掌り宮廷御用に供す官庁。皇帝衣食御物、医薬娯楽葬儀も管理。また、その長官。

5.角楼

6.天禄閣と7.石渠閣。長安城未央宮内の北にある皇立図書館。詔命、外交文書、宣言書、各種報告書などを所蔵。現代の国立公文書館に相当。前五一年第五節参照。

8-14.不詳。

他に、温室殿(皇帝冬居の殿。温暖を取る建物。皇后の椒房と同様に山椒(さんしょう)を壁に塗ってある。身体が温かくなり、悪気を払う、山椒は実が多いので、多子、香りも良い。床に絨緞を貼る)。清涼殿(皇帝夏居の殿。床は石畳。紫瑤帳を設け、盛夏でも涼しい)。麒麟殿。金華殿。承明殿:朝臣休息。高門殿、白虎殿、玉堂殿、宣德殿、昭陽殿、柏陵殿:高台から昆明池を望む。他多数。『三輔黄圖【さんぽこうと】』(長安と近郊の三輔でのおもに漢代の古跡を述べた地理書。筆者、成立年は南北朝か不明)に依る。


長安未央宮椒房殿遺跡

(北から南へ見た。奧の高台はおそらく前殿)

長安未央宮椒房殿遺跡

上図の未央宮から2の椒房殿【しょうぼうでん】殿を下記に拡大 

未央宮椒房殿(後宮Inner Palace)拡大図

未央宮椒房殿

上記の未央宮椒房殿拡大図の掖庭殿、十四殿、椒房殿の文字は、徳田が附加した。
椒房殿【しょうぼうでん】。
菽房殿とも。未央宮後宮のうち皇后が住む建物。つまり後宮の正殿。転じて皇后の意味。『漢官儀』に山椒を壁に塗ると、身体が温かくなり、悪気を払うと言う。椒房殿のほかに、掖庭【えきてい】、十四殿も付設。

掖庭【えきてい】。妃嬪【ひひん】つまり側室たちが住む所、また後宮貴人采女つまり妃嬪と下働きの女性を管理事務する官署も含む。宦官が掖庭令一人、秩六百石(『後漢書・百官志三』)。

十四殿。武帝時には後宮八区があった。すなわち昭陽、飛翔、增成、合歓、蘭林、披香、鳳凰、鴛鸞【校】等の殿。後にまた安處、常寧、茝若、椒風、発越、蕙草等の殿を増修して、十四位とした。

十四殿の名称は、『三輔黄圖【さんぽこうと】』巻三の未央宮・椒房殿の条に依る。


未央宮と建章宮の宮殿名称図

  宮殿名、建物名は、『三輔黄圖【さんぽこうと】』に依る。ただし、宮殿位置は、上記の『未央宮平面図』のほうが正確である。
とくに、考古発掘では、椒房殿【しょうぼうでん】、掖庭[殿]、飛翔殿、合歓殿、鴛鴦殿、披香殿、暴室(後宮病院。有罪の妃嬪も入れる監獄でもある。もとは掖庭殿内の染織官署)は、前殿と宣室(未央宮前殿の正室)の真北側にあると考えられている(同定中)。
参照:『三輔黄圖【さんぽこうと】校釋』(何清谷撰、中國古代都城資料選刊、中華書局、2005年6月刊行)。『三輔黄圖』は、長安と近郊の三輔でのおもに漢代の古跡を述べた地理書。筆者、成立年は南北朝か不明。

『三輔黄圖』の未央宮

未央宮

『三輔黄圖』の建章宮(未央宮西側の直城門外)

建章宮


東漢洛陽城

東漢洛陽城

杜金鵬、銭国祥主編『漢魏洛陽城遺跡研究』(科学出版社出版、2007年刊)
第401頁 図三 東漢洛陽城復原示意図

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漢長安城 と洛陽城関連地図
本文作者:德田     文章标题: 漢長安城 と洛陽城関連地図
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